Chiara,  Travel

イタリア・アッシジ

3年前の年末年始、私は友人夫婦と3人でイタリアのアッシジへ旅行に行きました。
私はそれまで海外など行ったことがなく、初めての海外旅行でした。

友人は海外に詳しいので、飛行機もホテルも経路も、全て友人が段取りをしてくれました。

アッシジに行くきっかけは、その友人がアッシジに行った写真を見せてくれたこと♡

写真を見て、私は涙が止まらなくなりました…

知ってる〜!!!
行きたい!!!!!

何度か夢の中で見た風景でもありました。
もう、懐かしくて懐かしくて…

私の様子を見て、友人「それじゃ行く?」
その半年後、夢が叶いました♡

アッシジ駅に着き、足を降ろした途端、
(´;ω;`)...
涙が止まりません。

帰ってきた〜♡♡♡

ちょうど年末年始で、街中お祭りモード♫
夜もたくさんの花火があがり、教会の鐘がずっと鳴っていました。
なんだか、街中から祝福されているようで…(´;ω;`)ウ…

私のお目当ては、St.Chiara(聖キアラ)でした☆
【あまり知られていませんが、聖フランチェスコと一緒に活動した方です。
ハイジに出てくるクララの名前は、キアラから来ています。
裕福な家庭に生まれ育ちましたが、それを全て捨てて、清貧の教えを守りました。】

サンタ・キアラ教会、サン・ダミアーノ、サンタ・マリア・デリ・アンジェリ教会、ポルツィウンコラ礼拝堂…

3日間かけてまわりました。

『サンタ・キアラ教会』には聖キアラのご遺体が。
『サン・ダミアーノ』は、聖キアラが亡くなった場所に十字架が掲げてあります。

聖キアラは殆ど食事を摂らず、余分なものを食べていなかったので、未だに綺麗な姿で残っています(写真)
キアラのご遺体を見たとき、また涙が止まらなくなり…その場から離れられなくなりました。
遺品の洋服も…
なんだか自分のもののようで、なんだか不思議な感覚で見つめていました。

サン・ダミアーノ教会は、フランチェスコが自らレンガを積み上げて作った教会です。
キアラが亡くなった場所に足を進めながら、私は緊張でいっぱいでした。
来る、来る、来る…
そして、キアラが亡くなった場所に来たとき…

またしても涙が止まらなくなりました。
ひとしきり泣いた後、メッセージをもらいました。
『世界が闇でいっぱいになったとしても、貴女が光でありさえすれば、この世界から光が消えることはないのです。私は貴女と共にあります。私は貴女と共にあります。』
そして、そのメッセージの中で見せてもらったロザリオに近いものを探して買って帰りました。

私は旅行に行く時、遊びに行くというよりも、魂のかけらを拾いに行くという感覚があります☆

私は小さい頃、修道女に憧れていました。
修道女になるにはどうしたらいいんだろう?と考えていました。
お風呂からあがると、頭にタオルを巻いて修道女になったつもりを味わっていました。
実家は仏教ですが、すごく教会に憧れていました。
キリスト教徒的な感覚がありました。
いつも神様にお祈りをしていました。

小さい頃、戦争のない世界に生まれたことに、自分だけが平和な世界に生まれてしまったことに、ふと罪悪感を持ちました。

大学生の頃、突然ご飯を食べることに罪悪感を抱いたことがありました。

私はだいぶ長いこと、カトリック教徒の意識を引きづっていたように思います。

この文章を書きながら、そろそろこの意識を卒業する時なのだと思いました。

yurieさんにイベントでお会いした時、
「看護師さんですか?胸のところに十字架を抱きしめているのが見えます。」
と伝えられました。

その時の私は、ちょっと嬉しかったのですが♡
そろそろそれを卒業する時なのだと思います。

何かの存在を信仰すること…

悪いことではないですが、そうでなく制限から放たれて、自由になる時が来たのだと思います。
その時の記憶も大切にしつつ☆

私は何かの存在に従うことを辞めます。
自分自身の可能性を最大限に発揮して、人生を思う存分楽しみます♡

今もサンタ・キアラ教会に眠るSt.Chiara
St.Chiaraが亡くなった場所

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